レシーバー同好会

攻めろ戦えとハッパをかけられる事が多いが、本当は守るほうが好き。スマッシュやアタックよりレシーブにゾクゾクするあなた、気が合うかも知れません。ちなみにスポーツはしていない。

仕事の小さな幸福

 

仕事の小さな幸福

仕事の小さな幸福

 

 穏やかなインタビュー集である。それは文末に享年を書けばお悔やみ欄のような穏やかさである。静かに丁寧にその人の言葉を辿っている。

インタビューを受ける人が皆穏やかな訳ではないだろう。新進気鋭の作家、スポーツ選手、プロポーカープレイヤーまでいる。

インタビュアーである木村さんが穏やかな側面、小さな幸福に目が行く人だから、一貫して穏やかな空気が流れているのだと思う。

 

木村さんを知ったのは『善き書店員』という本。

脅しのようにアピールをしてくる本が並ぶ中、『善き書店員』は題、装丁、テーマとも逆に際立っており手に取らざるを得なかった。まだ読めていないが、きっと少しの時間で風化するような本でもないだろうし、ゆっくり読もうと思っている。

 

インタビューを受けている半分以上の人の顔を知らなかった。この本の構成として、最初に年齢、性別が分かり、インタビューを読み進めるうちに顔写真が出るようになっている。どんな顔の人か想像しながら読み、答え合わせをしながら自分の人を見る目の無さに苦笑するのも楽しいかと思う。

 


「あ、人って、ほんとうに世の中のほんの一部だけを味わって、取り組んで、死んでいかざるを得ない存在なんだな」とどこかであきらめもついたんですね。(p18)

クリエイティブ・ディレクターの箭内道彦さんの言葉。本屋に入った時に感じた言葉だそうだが良く分かる。明らかに見極めるという意味でのあきらめ。

どんなに頑張っても本屋にある本のうち、読めて数千冊だし味わえて数十冊程度と思えるとそんなに物っていらないよなあ、とも思える。

 

だから、勝たなきゃだめって言うよりは、毎日何かには負けるというのが生きることじゃないか。負けた姿や痕跡が、それぞれのその人にしか作れない作品なんじゃないか。(p20)

これも箭内道彦さん。

人の勝った話より負けた話のほうが面白い。それは一つは意地悪な心によるのかもしれないが、それだけじゃなくて勝ち方より負け方の方が多様で独特で、それこそ作品のようなものだからかもしれない。

 

「何かをやりたいと思い、それが実現するときというのは、不思議なくらい他人が気にならない。意識のなかから他人という概念がそっくりそのまま抜け落ちて、あとはもう、自分しかいない。」(p23)

小説家、角田光代さん、『くまちゃん』の一節。

他人が気になるというのはおそらく自分を気しているということ。

他人の目があるからとか、評価されたいとか、そんな動機はやりたいと思うことですらないため実現しないのか。

 こんな清々しい仕事をしてみたい。

 

途中で人は死んでしまうかもしれない。だから、プロセスにこだわる、いい仲間と人事をつくして生き方を人に見せるというのが嘘のつけない強いメッセージになると思う。どう時間を使ったか、これは命そのものなので。(p82)

投資家でNPO法人理事長の慎泰俊さん。

時間は命を小分けしたもの、って誰かが言ってたような言ってなかったような。

「生き方を見せる」という言葉に覚悟を感じる。常に自分を律さねばならず、だからこそ強いメッセージを持つ。

 

中途半端に、おたがいに相手のいうことを「わかる、わかる」と言ってしまっていると、深いところでは意外と何も分かりあえていないまま、表面上でだけ、するすると順調に会話が進んでいくことになる。そんな、「わかったふり」の対話こそが、いちばん何も生み出さないですから。(p114)

経済学者、柳川範之さん。

これは本当反省。はいはいはい、あれね、知ってる知ってる、って言いがち。

細かいところまでちゃんと聴いて本当の対話せねば。

 

同じことをしていても、結果がうらやましかったら、はじめて人からうらやましいとされるに過ぎないんだなとわかってからなんです、何をしても、人がうらやましがろうがそうでなかろうが、自分が楽しけりゃいいんだ、仕事では自分の役割を果たしていればいいんだと思うようになったのは。(p140)

イラストレーター、ライターのきたみりゅうじさん。

他人は自分を四六時中見ているわけでなない。なので結果で判断するのは当然。その時が結果であれ途中であれ良ければうらやましがるし、悪ければバカにされる。

現状を結果なのか途中なのか知っているのは自分しかいない。

 

自分がこういう人間になりたいと思っていことが本心からのものなのかどうかさえ、わからない。人間は複雑なので、無意識のうちに誰かの願望をまねて自分自身のものと思いこむこともあるかもしれない……。(P189)

小説家、中村文則さん。

こういう事考え始めるとかなりしんどい。だって「思い込むこともあるかもしれない」と考えている自分だって思いこんでいるだけかもしれない。

考えるべきだとは思わないが、考えてしまう人の方があてどなくて悲しくて個人的には好感が持てる。僕も考えてしまう方であり、あてどなく悲しい。

 

 

インタビュー中に木村さんの姿は出てこないが、連続して読むことによって人となりが見えてくる。無色透明なガラスが重なることによってうっすら色が見えてくるような、そんな木村さんの仕事。

そしてこんなにもインタビューされた小説家の本を読んでみたいと思うことも珍しい。良い仕事をされる。