レシーバー同好会

攻めろ戦えとハッパをかけられる事が多いが、本当は守るほうが好き。スマッシュやアタックよりレシーブにゾクゾクするあなた、気が合うかも知れません。ちなみにスポーツはしていない。

私の個人主義

 

私の個人主義 (講談社学術文庫)

私の個人主義 (講談社学術文庫)

 

 夏目漱石の講演6編。歯切れの良い口調とウイットに富んだ比喩が面白い。

 

中学か高校の教科書にこの中の一編である『現代日本の開化』が載っていた。

当時も漱石の名前だけは知っていたので恐る恐る読んでみたのだが、読みやすく、更に内容が面白くて驚いた。そして次の締めの文章でまた驚いた。

苦い真実を臆面なく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々お詫を申し上げますが、また私の述べ来った所もまた相当の論拠と応分の思索の結果から出た生真面目の意見であるという点にもご同情になって悪いところは大目に見て頂きたいのであります。(p66)

 話の終わり方って難しい。その中でこれほど話の締め感を醸し出している文章を他に知らない。聴衆の拍手が聞こえてくるようだ。

そして謙虚なようでいて自信のあるような、謝っているようでいて「今の話しっかり覚えておけよ」というような、堅い言い方のような、リズムのあるような。自由自在とはこのことか。

 

言葉は自由自在だが口八丁ということもなくて信頼できる。例えばこんなことを言っている。

学者の下す定義にはこの写真の汽車や琥珀の中の蠅に似て鮮かに見えるが死んでいると評しなければならないものがある。(p42)

言葉の定義をすると実態を捉えられないことが多々あると言っている。こういうことを教えてくれる人は口だけの人じゃなくて信頼できる気がする。しかし本当に譬え上手。

 

6本の講演だがその中でも表題作『私の個人主義』だけ熱量が高い。唯一の学生向けの講演であり啓蒙的。古臭い説教に聞こえるかもしれないが、現代においても十分成り立つ説教である。人間は変わらないなあ、とつくづく思うとともに、漱石は人間の変わらない部分がしっかり見えていたのだろうと思う。一節がこれ。

いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないという事になるのです。(p147)

将来、権力や財力を持つだろう学習院の学生に対しての講演である。自分も含めだが、こんな事言う大人に今会う事はない。こういうことを恥かし気なく、説得力があって、自信をもって口に出来る、そんな大人に僕はなりたい。

 

大概の場合、漱石は徹底的に冷めている。開化が起こっても、時代は変わっても人間が生きることは楽にならないと悲観的である。しかし、だからこうすべきとか、革命すべき、とは言わない。ただ辛い真実を少し諧謔交じり語るだけ。

おこがましいが、漱石が友達だったら「お前シュールやな」と笑いながら言うと思う。