お喋りさん
お喋りな人がいる。
お喋りの人のそのおかしみと悲しみから「お喋りさん」と呼ぶ事にしよう。
まずはこの前出会ったお喋りさんの特徴から。
前提条件として、初対面、年齢は僕の方が圧倒的に下。
とても慇懃無礼な挨拶からスタート。
いきなり経済の話。そして宗教の話、歴史の話へと続く。
相手が話を知らないとなると憐れみの表情を見せ、困った顔をする。
少なくとも僕の周りではこういう人が何人かいる。
お喋りさんというのが申し訳ないが得意ではない。
最初は知識の多さに単純に凄いなあと興味を持てるのだが、
途中から悲しくなってくる。
僕が思う「お喋りさん」というのは言葉の波状攻撃を止められない人だ。
言葉数は多く、非常な労力を払って話してくれるのだが、
伝わってくるメッセージは「私はこれほどものを知っています。私の方が賢いでしょう」もしくは「私はこれほど所有しています。私の方が幸せでしょう」といった程度であることが多い。
僕も頑張って話を合わせるからいけない。いやあさすがですね、と言えばよろしい のに。
僕が負けを認めるまで、この波状攻撃は止むことはない。
ずっとお喋りさんが嫌いという訳ではない。
僕はずっとお喋りさんになりたかった。
僕は話すのが不得意だった。人と二人きりになった時、間を持たせるためにあれこれ話題を探す。
探しながら話すと話は支離滅裂になるし、間もおかしくなる。
お喋りをするのは苦痛であった。
だからお喋りな人というのは思いやりのある人だと思っていた。話題を探すという労を厭わない。話題をつなぐだけの知識と話術を持っている。こんな人になりたいなあ、と単純に考えていた。
でも今はそうは思わなくなってきた。
確かに相手のためを思う話し方というのはある。
しかしほとんどは自己表現のために喋っているように感じる。
そして更に、それを相手のために正しい事を話していると思ってしまうところが、お喋りさんのいけないところだ。
実は僕はお喋りさんではないか、という事件があった。
友人から電話がかかってきて、あるテーマについて相談を受けた。
そのテーマは僕が長い事考えてきたテーマであったことから、自信満々良い回答が出来ると考えた。
途中からは相手の話を聞かず、滔々と自説を披露していた。
その時は「こんなに正しい回答をしてもらえるなんてよかったな」と正直思っていた。
しかし翌日、自己嫌悪に陥り、愕然とする。
自分とまったく同じ悩みであるはずがないのに相手の話を聞いていない。
どころか自分で話した内容ですら忘れている部分がある。
「人酒を飲み、酒人を飲み、酒酒を飲む」という言葉がある。
お酒を飲む人には実感をもって理解できる言葉だと思うが、最初は人は自分の意思でお酒を飲み始める。
その後、酔ってくると酒が人を支配してくる。
そして酩酊するとそこに人はいない。ただ酒を求める存在だけが残っている。
「言葉に酔う」という表現は実に鋭い。
相談を受けた時の僕は最初は自分の意思で言葉を紡いでいたが、
途中から言葉を生み出す快感に支配され、
ただ言葉を求めるだけの存在になっていたと思う。
そこに相手に伝えたいメッセージはほとんど無く、そのため自分で言った事すら忘れていたのだと思う。
喋りすぎた次の日の気分はタチの悪い二日酔いに似ている。
ちなみに相談してきた友人とは疎遠になっている。
相手に良かれと思って話し始めたのに結局は嫌な思いをさせただけなのだろう。申し訳ない。
ラカンという偉い精神科医が「言葉は症状」と言ったらしい。
この電話相談事件(自分にしたら寡黙からお喋りに移行するかもしれないと感じた大事件だ)から、この言葉が気になるようになった。あらゆる言葉は確かに症状だ。
誹謗中傷も、独り言も、穴を掘って叫ぶ事も、詐欺師も、赤ちゃん言葉も、多弁も沈黙も、ブログもツイッターもきっと症状である。
人間関係とか、経歴とか、信条とか、距離感の遠近とか、想像力の多少とか、要因があって、その人独自の症状が出てくるのだと思う。
そして社会に適合しない時点でその症状に病名がつけられる。
逆に言えば曖昧な社会というものに認定されない限り、いや別に病名をつけられたとしても、どの症状を選択しても構わない。どこに転んだってなんらかの症状であるのだ。
お喋りさんに憧れていた頃は、
話したい事が見つからないのは自分というものがしっかり出来ていないからだ、
もっと勉強して人に話せるようにならねば、と思っていた。
でも今思うと、自分が無かったのではなく、人に押し付けるべき自分というものが無かっただけではないか。
お喋りさんは「自分は正しいものを信じている」「自分は幸せである」と自分と他人に言い聞かせる事によってかろうじてもっているのではないか。
いっぱい喋りましたけど喋りたいのは
そんなにお喋り上手じゃなくてもいいよ、
お喋りさんの伝えたいことってほとんどないと思うよ、
ということだけのお喋りさんの話。